最近、こんな話を聞いた。「経費がかさむので春の祭りと秋の祭りをいっしょにやったらどうか。」また、「なぜ天宮の人は秋に祭りをしないのか。」そんな話も聞いた。
しかし、余りに祭りの意味を理解していないので、とても残念に思った。
そもそも観光や自分たちの楽しみや、イベント的な要素のために、祭りをするのではない。
春の祭りは、草木が芽吹きはじめ、桜の咲く年の初めに神々に一年の無事を願うのではないか。
天宮神社と小國神社は秋葉山や春埜山などの山々を背後にした本宮山の麓に祀られている。天宮神社は4月2,3日に小國神社は4月17、18日毎年行われている(今はその日に近い土日)。(天正年間の資料では天宮神社は旧暦2月24日25日に行っていた。)年度の初めに自然あるれる山々に向かって一年の安全を願うのに意味がある。天宮神社という名前自体も「雨」の宮であり、「雨」が降って地が固まり、洪水でもなく、ひでりでもなくちょうどいいように雨降るように多くの先人たちは願っていたのだろうと思う。
天宮・小國の神社は一対となって、国府(見付・中泉)の鬼門の方角に山々の麓に鎮座し、遠州一円の無事、そして国の安全を守っている。
昔の神社資料をみれば、天宮だけでなく、森、天方、城下の町内だけでなく、近在から参拝いただいていた。かつてはとても賑やかだったという。
一方秋になると、五穀豊穣や一年の無事を感謝し、各地区でともに祝う。
春に天宮神社で一年の無事を祈願し、秋には三島神社をはじめとする各神社で豊作と一年の無事を感謝する。森の町はそんな奥深い意味を持っていると私は思っている。
私は、たくさんの観光客が増えるよりも、天宮地区だけでなく、森町全体から多くの参拝者が訪れてくれることを願っている。
安摩の舞
言葉の語源にもなっている二の舞